東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)17号 判決
一 請求の原因事実中、本願考案につき、出願から審決の成立に至るまでの特許庁における手続、考案の要旨及び審決の理由に関する事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告が主張する右審決の取消事由の有無について判断する。
(一) 相違点<3>(提げ手のバランス)について
1 被告は、第二引用例の消火器も、提げ手が前後左右にバランスがとれているものである旨主張し、成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によれば、第二引用例の消火器は、その外見上、提げ手が冠蓋上部において、その冠蓋の中心に対して点対称に設けられていることが認められるが、同号証によれば、これを片手で提げるには円環状の提げ手4の一部を握つて持ち上げなければならないものであることが認められるのであつて、この状態では、一方に傾斜し、前後左右にバランスがとれているということのできないものであるといわなければならず、被告の右主張は採用の限りでない。
2 しかしながら、成立に争いのない乙第一号証及び第三号証によれば、右各号証のものは、いずれも消火器であつて、その提げ手を冠蓋の中心部の上方に位置させ、かつ、その重心位置に対しバランスをとるよう器体の中心に対して対称に取り付けたものであることが認められる。
また、右各号証によれば、消火器を提げ手で持ち上げた際に前後左右にバランスのとれるようにすることが慣用技術であることが認められ、本願考案において「提げ手2の一側部における泡流入口3の内設による重量の軽減とホースの根元の装着による重量の増加に対し、他側部におけるノズルの挿止による重量の増加が左右平均化してバランスがとれるようにした」点、すなわち、提げ手の左右方向においてもバランスのとれるようにした点も、右慣用技術に基づいて当業者が必要に応じきわめて容易に考え付くことである。
もつとも、原告は、乙第一号証のものは、「槓杆(ト)」、「摘み(チ)」及び「腕(ヌ)」の存在により、乙第三号証のものは「放射筒(2)」及び「噴出管(3)」により、いずれも前後左右のバランス及び重量のバランスのとれたものではないと主張するが、右各号証の図面及び消火器の機能に照らし、前記の各部分の消火器全体の形状、重量に占める割合がきわめて小さいものであることが認められ、提げ手によりこれを提げた際にバランスのとれないようなものとは考えられないので、原告の右主張は採用することができない。
そして、これら乙号各証のものは、その構成によつて、片手でこれを提げても前後左右のバランスがとれているので、そのまま火災現場に走つて行くことができ、また、二つの消火器を両手に一つずつ提げて走ることも可能であるから、消火効果を倍加することもでき、このような作用効果においても本願考案との間に差異を認めることができない。
3 したがつて、審決において、相違点<3>は当業者が慣用技術に基づいて容易になしうるものであると判断した点に誤りはない。
(二) 相違点<4>(ホースとノズルとの取付け角度)について
1 成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によれば、第一引用例の消火器は、ホースの被嵌着体の中心軸とノズルの被挿止体の中心軸との交差角(ホースの根元から先端に向つて両中心軸の向きを考え、被嵌着体の中心軸を、その軸上の任意の一点を支点として反時計方向に回転させると仮定した場合に、その向きが被挿止体の中心軸の向きと同じになるまでに要する回転角度をいう。以下同様。)が三六〇度をなしているものであることが認められ、成立に争いのない乙第四号証によれば、同号証の消火器は、右両軸の交差角が九〇度をなしているものであることが認められる。しかしながら、乙第四号証によれば、このものはホースの被嵌着体とノズルの被挿止体とがともに冠蓋に設けられたものでもなく、冠蓋の直径方向に対して対称の位置に配置されたものでもないことが認められ、また、甲第三号証と乙第四号証の各図面を比較対照してみても、乙第四号証のものが、第一引用例のものより、ホースに無理な変形湾曲を受けていないものであるとは必ずしもいえないから、乙第四号証によつては、被告主張の「両軸の交差角が小であるほどホースを不必要に湾曲しないで済むことが本願出願前から当業者間に知られていた。」との事実を認めることはできない。
2 ところで、成立に争いのない甲第一号証の四(本願考案の全文訂正明細書)によれば、相違点<4>に基づく本願考案の作用効果については、明細書に「ホースの装着が緩やかな湾曲状態をもつてなされうるので、ホースに無理を来すことがないから、ホースの耐用性を増大することができる。」(第四頁第二行~第五行)とあるのみで、原告主張の「設置するのに余分な場所をとらないうえに、外物に接触してその外面を傷めたりしない利点がある。」という点については、なんら記載されていないことが認められ、明細書に記載されていないこのような作用効果をここに主張することは相当でない。
したがつて、本願考案と第一引用例との作用効果の差異は、ホースの湾曲度の相違によりホースの耐用度にどのような差異を生ずるかが問題となるが、ホースの被嵌着体の中心軸とノズルの被挿止体の中心軸との交差角が、本願考案ではほぼ八の字形、すなわち約二七〇度であるのに対し、第一引用例のものは三六〇度であるから、両者におけるホースの湾曲度に幾分の差のあることが認められるが、両者ともに、用いられるホースは、通常、ゴムのような材料で作られているものであつて可撓性のものであるから、この程度の湾曲度の差異により、一方のホースが無理を来さず、他方のホースには大きな無理を生じその耐用性に著しい相違が生ずるとは考えられず、実用上の効果には格別な差異がないものと考えられる。
また、本願考案も第一引用例のものも、ともにホースの被嵌着体とノズルの被挿止体とをともに冠蓋に一体的に設け、かつ、これらを冠蓋の直径方向に対し対称の位置に配置したものであつて、このような形式のものにおいて、消火器の不使用時にホースを収納しようとしてこれを湾曲させると、ホース自体の抵抗によりホース全体の形状はほぼ円形(円輪状)を呈する傾向を示すから、消火器のように、さして長くないホースになるべく無理を来さないようにするためには、このような自然の態様に副うよう前記の交差角をほぼ八の字形にしてホース全体が円輪に近似する形状とするのが最も自然の姿である。
3 したがつて、審決が、ホースが短かくその曲りの程度が強いときには、被嵌着体の中心軸とノズルの中心軸とを八の字形に交差させることが自然なので、相違点<4>も当業者の慣用手段と認められるとしたことに誤りはない。
(三) 相違点<5>(提げ手の回動による蓋の開閉)について
1 原告は、本願考案においては、「提げ手の中心線における中心点を支点として提げ手自体の回動により冠蓋を開閉する構造」がその構成要件となつている旨主張し、その理由として、明細書の「実用新案登録請求の範囲」の項のうち、請求の原因四(三)1に掲げる(イ)ないし(ニ)の各記載、本願図面の第1図ないし第4図及び本願考案が携帯用消火器であることを挙げるが、これらによつても、原告の主張するような構造が本願考案の構成要件になつているとは認められず(右図面に示すものが、たとえそのような構造になつているとしても、これはあくまでも考案の実施の一例を示すに過ぎないものであるから、その構造をもつて直ちに本願考案の構成要件と認めることができないことはいうまでもない。)、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、この点に関する原告の前記主張は採用の限りでない。
2 右構造が本願考案の構成要件でない以上、右構造に基づく「片手でも提げ手の回動により冠蓋を開閉させることができる」という作用効果を、本願考案の作用効果として主張することは許されないものである。
3 なお、右作用効果については、甲第四号証によれば、第二引用例のものにあつても、提げ手の円環部分が特に大きい場合にはその一個所を片手で握り、また円環部分が余り大きくなければ円環部分全体を上から手で掴み、これを回転すれば、冠蓋の開閉ができないものでもなく、必らずしも両手でなければ提げ手の回動により冠蓋を開閉させることができないものでもないことが認められ、また、その操作に当つて本願考案より人力の浪費が大きいとも考えられないので、前記の原告主張のような作用効果の差異があると認めることができない。
4 そして「消火器体において提げ手の回動により冠蓋を開閉する構造のもの」が第二引用例に記載されていることは原告の自認するところであり、この相違点<5>が公知事実に基づき容易に想到しうるとした審決の判断に誤りはない。
(四) 結論
以上(一)ないし(三)に説述したとおりであり、審決に原告主張のような違法はない。
〔編註〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
冠蓋1、提げ手2、これに内設する泡流入ロ3、ホースの根元の取着具の被嵌着体4、ノズルの被挿止体5、ストレーナーの被嵌着体6、冠蓋と頸筒10との間の気密保持用パツキング15の被嵌込体7、自動安全弁装着用螺子孔8を合成樹脂で一体に形成した泡消火器の蓋体において、提げ手2を冠蓋1の中心部の上方に位置させて前後のバランスがとれるようにするとともに、提げ手2の一側部における被嵌着体4と他側部における被挿止体5をほぼ八の字形の対応角度で対設し、提げ手2の一側部における泡流入口3の内設による重量の軽減とホースの根元の装着による重量の増加に対し、他側部におけるノズルの挿止による重量の増加が左右平均化してバランスがとれるようにし且つ提げ手2の回動により冠蓋1を開閉することができるようにした構造。
(別紙図面(〔編註〕省略)(一)参照)
三 審決の理由の要点
本願考案の要旨は前項のとおりである。
ところで、実用新案公告昭三九―四二七一号公報(以下「第一引用例」という。)には「冠蓋、提げ手、一側部にホースの根元の取付具の被嵌着体を他側部にノズルの被挿止部を対設した突起部、自動安全弁装置取付用螺子孔及びストレーナーの被嵌着体を合成樹脂で一体不可分に形成した泡沫消火器の蓋体」(別紙図面(二)参照)について、実用新案公告昭三九―一五二九三号公報(以下「第二引用例」という。)には「冠蓋、提げ手、これに内設する消火液流入口、ホースの根元の取付具の被嵌着体、ストレーナーの被嵌着体、冠蓋と器体頸部との間の気密用パツキングの座を一体に形成した消火器の蓋体において、提げ手を冠蓋上部で外観上その中心に点対称に設け、その回動により冠蓋を開閉することができるようにした構造」(別紙図面(三)参照)について、それぞれ記載されている。
そこで、本願考案と引用例とを比較考察すると、それらは、いずれも消火器体の蓋部に関する技術であつて、本願考案に対して、第一引用例は、<1>消火液流入口が提げ手に内設されていない、<2>冠蓋と器体頸部との間の気密保持構造が定かでない、<3>提げ手が冠蓋の中心部上方に設けられておらず、提げ手のバランスがとれていない、<4>ホースとノズルの嵌着、挿止方向が八の字形の対応角度に対設されていない、<5>提げ手の回動により冠蓋が開閉するよう構成されていないとの点で、それぞれ構成に相違があるものと認められる。
しかしながら、それらの点を第二引用例と比較すると、上述のうち<1>、<2>及び<5>に挙げた諸点は、いずれもこの種の消火器冠体において本願出願前周知の技術手段であることが明瞭であり、これを第一引用例の蓋体に施すようなことは、当業者が必要に応じ容易に考えつくものと認められる。そして、上記<3>については、消火器の提げ手を器体端部に施し、その重心位置に対しバランスをとるよう器体の中心に対して対称に取付けるようなことは、提げ手の機能上当業者が慣用する技術であり、また、<4>については、第一引用例のものも、ホース取付具の被嵌着体とノズルの被挿止体が対応して設けられているところから、ホースが短かくその曲りの程度が強いときにはそれぞれの中心軸を八の字形に交差させることが自然なので、これまた当業者の慣用手段と認められる。
したがつて、本願考案は、各引用例及び本願出願前に慣用されている技術手段に基づいて、当業者が必要に応じてきわめて容易に考察できたものであるから、実用新案法第三条第二項の規定に該当し、実用新案登録を受けることができない。